気になる堀端のヴォーリズ建築
2009年11月4日撮影の彦根城の堀端にあるウォーリズ建築です。

山形政昭著『ヴォーリズの西洋館 日本近代住宅の先駆』(淡交社)2002年7月に、山形氏が1996年の晩秋に訪問されたことが記されています。
「彦根市金亀町、お城の西側の堀に面して、緑深い自然林に囲まれたように建つ二棟の西洋館がある。共に寄棟屋根の四角い小住宅であるが、所々にアーチ形の入口や、玄関ポーチの構えなどシンプルにして、親しみ深いデザインを備えている。」
大正11年(1922)開校された彦根高等商業学校(現 滋賀大学経済学部)の教員住宅地として整備されたところ。開校当時より外国人講師が招聘され、大正13年春「傭外国人教師住宅」3棟がヴォーリズ建築事務所によって設計され、その年12月20日に竣工したこと。
建築図面も残っており、約4間四方、建坪16坪余りで正方形に近い間取りの二階建てという、ヴォーリズの小住宅建築の典型のような設計で、ヴォーリズの著書『吾家の設計』(大正12年)の中で提案されている3間四方の「最小限の住宅設計」の案をもとにひと回り大きく具体化されたものとみられ、隅に暖炉を構えた居間の配置、台所の設備など案に通じる興味深いものとのこと。
「実にシンプルな構えだが二階上部の外壁は柱型や筋交いを意匠的に表したハーフティンバー・スタイル(和式の真壁式に近い)。その壁の間に小さな窓がリズミカルに開いている。そして、玄関ポーチはレンガの階段と軒庇が凝っていてこの小住宅の立派な顔となっている。
住宅の中心に設けられた三間×二間、一二畳大の居間はコーナーに暖炉を構え、大小の椅子や調度品を配してもゆとりのある、居心地良いスペースとなっている。そしてここから食堂と階段ホール、そして台所へと通じる関係がまことに良いことが分かる。」
「洋館は荒いモルタル壁に年月をしみ込ませ、周囲の樹木は屋根を越えて枝を広げ、お城の内堀に面して絵のような風景をつくっている。その愛らしい風景は、ヴォーリズ建築の特色を持つ小住宅としての意味だけでなく、この地で長く親しまれてきた景観のひと駒なのである。そして、歴史的には、大正期を迎えて彦根市が近代教育と文化の導入を図ってきたことを伝える一つの史的な遺産となっている。
ところで、昨今、お城に近いこの地区における整備事業ということで、既存建物の撤去が進められており、この洋館も存続が危ぶまれている状態にあると聞く。近年、歴史のある建築とその景観の持つ多様な価値を見い出し、文化財としての広い活用を図ろうという機運が生まれている時であり、お城の景観と共に近代の遺産としてのこの小さな洋館についても、保存と再生の道が拓かれることを願わずにはおれない。」と記されている。
4月3日の台風で屋根が飛ばされたことが報じられていた。

この写真は4月14日の撮影です。
ところで、平成24年9月1日の『しが彦根新聞』に、彦根市議会の補正予算案に彦根城の堀端にあるヴォーリズ洋館についての予算が計上されていることを次のように報じていた。
△彦根城内のヴォーリズ洋館の解体費(1320万円)=今年度4月3日の台風で屋根が飛ばされたヴォーリズ洋館を特別史跡外へ移築するための解体と保管費。
文化財保護の面からは、移築は最後の手段のように思われる。
いろいろな歴史遺産がそこにあるのは、その地にいろいろな歴史が展開されたからであり、その地に存在すること自体にも意味のあることだ。
市議会でどのような議論がなされているのか知るよしもないが、
何か、歴史の冒涜となりかねないように思われてならない。
9月2日、寺子屋力石へ行く前に立ち寄った時の写真を掲げておきます。

この建物を建てた地域の先祖たちはどう思うだろか???・・・

山形政昭著『ヴォーリズの西洋館 日本近代住宅の先駆』(淡交社)2002年7月に、山形氏が1996年の晩秋に訪問されたことが記されています。
「彦根市金亀町、お城の西側の堀に面して、緑深い自然林に囲まれたように建つ二棟の西洋館がある。共に寄棟屋根の四角い小住宅であるが、所々にアーチ形の入口や、玄関ポーチの構えなどシンプルにして、親しみ深いデザインを備えている。」
大正11年(1922)開校された彦根高等商業学校(現 滋賀大学経済学部)の教員住宅地として整備されたところ。開校当時より外国人講師が招聘され、大正13年春「傭外国人教師住宅」3棟がヴォーリズ建築事務所によって設計され、その年12月20日に竣工したこと。
建築図面も残っており、約4間四方、建坪16坪余りで正方形に近い間取りの二階建てという、ヴォーリズの小住宅建築の典型のような設計で、ヴォーリズの著書『吾家の設計』(大正12年)の中で提案されている3間四方の「最小限の住宅設計」の案をもとにひと回り大きく具体化されたものとみられ、隅に暖炉を構えた居間の配置、台所の設備など案に通じる興味深いものとのこと。
「実にシンプルな構えだが二階上部の外壁は柱型や筋交いを意匠的に表したハーフティンバー・スタイル(和式の真壁式に近い)。その壁の間に小さな窓がリズミカルに開いている。そして、玄関ポーチはレンガの階段と軒庇が凝っていてこの小住宅の立派な顔となっている。
住宅の中心に設けられた三間×二間、一二畳大の居間はコーナーに暖炉を構え、大小の椅子や調度品を配してもゆとりのある、居心地良いスペースとなっている。そしてここから食堂と階段ホール、そして台所へと通じる関係がまことに良いことが分かる。」
「洋館は荒いモルタル壁に年月をしみ込ませ、周囲の樹木は屋根を越えて枝を広げ、お城の内堀に面して絵のような風景をつくっている。その愛らしい風景は、ヴォーリズ建築の特色を持つ小住宅としての意味だけでなく、この地で長く親しまれてきた景観のひと駒なのである。そして、歴史的には、大正期を迎えて彦根市が近代教育と文化の導入を図ってきたことを伝える一つの史的な遺産となっている。
ところで、昨今、お城に近いこの地区における整備事業ということで、既存建物の撤去が進められており、この洋館も存続が危ぶまれている状態にあると聞く。近年、歴史のある建築とその景観の持つ多様な価値を見い出し、文化財としての広い活用を図ろうという機運が生まれている時であり、お城の景観と共に近代の遺産としてのこの小さな洋館についても、保存と再生の道が拓かれることを願わずにはおれない。」と記されている。
4月3日の台風で屋根が飛ばされたことが報じられていた。

この写真は4月14日の撮影です。
ところで、平成24年9月1日の『しが彦根新聞』に、彦根市議会の補正予算案に彦根城の堀端にあるヴォーリズ洋館についての予算が計上されていることを次のように報じていた。
△彦根城内のヴォーリズ洋館の解体費(1320万円)=今年度4月3日の台風で屋根が飛ばされたヴォーリズ洋館を特別史跡外へ移築するための解体と保管費。
文化財保護の面からは、移築は最後の手段のように思われる。
いろいろな歴史遺産がそこにあるのは、その地にいろいろな歴史が展開されたからであり、その地に存在すること自体にも意味のあることだ。
市議会でどのような議論がなされているのか知るよしもないが、
何か、歴史の冒涜となりかねないように思われてならない。
9月2日、寺子屋力石へ行く前に立ち寄った時の写真を掲げておきます。

この建物を建てた地域の先祖たちはどう思うだろか???・・・
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