2016年01月11日
日夏里館 日夏山
今日の日夏里館。
前に曳山の「日夏山」があります。下半部の車が無く、筋交いで持たされているのは痛々しい感じがします。いつか再生したいものです。

この曳山が日夏にもたらされたのは昭和29年(1954)、62年前でした。彦根の曳き山を河﨑松吉氏が多賀大社の馬頭人を勤められた記念に購入された物でした。
その時の遺品を、年末掃除をしていて見つけました。

記念に配布された徳利と盃で、「昭和二十九年春 馬頭人河﨑松吉」と文字が記されています。
この徳利と一緒にあった新聞は、昭和41年(1966)4月1日の『近江同盟新聞』でした。50年前のものです。
広告欄を見ると、3つの映画館、「彦劇」・「彦根協映」・「第一会館」が掲載されています。他にも興味深い記載がいっぱいです。

ところで、今日も荒神山ウォークしました。
11時から、少し曇って寒そうでしたが帰りには晴れてきました。
やはり、林道日夏山線の登り口には自転車や車がいっぱいでした。
しかし、登り口の近くの皆伐された山裾はひどい。


多くの人が歩いて登る本当に身近な里山、この里山の自然を守るために今回の問題は放置できないように思われます。
まじめに取り組めば、この問題から学ぶことが多いように思われます。
前に曳山の「日夏山」があります。下半部の車が無く、筋交いで持たされているのは痛々しい感じがします。いつか再生したいものです。
この曳山が日夏にもたらされたのは昭和29年(1954)、62年前でした。彦根の曳き山を河﨑松吉氏が多賀大社の馬頭人を勤められた記念に購入された物でした。
その時の遺品を、年末掃除をしていて見つけました。
記念に配布された徳利と盃で、「昭和二十九年春 馬頭人河﨑松吉」と文字が記されています。
この徳利と一緒にあった新聞は、昭和41年(1966)4月1日の『近江同盟新聞』でした。50年前のものです。
広告欄を見ると、3つの映画館、「彦劇」・「彦根協映」・「第一会館」が掲載されています。他にも興味深い記載がいっぱいです。
ところで、今日も荒神山ウォークしました。
11時から、少し曇って寒そうでしたが帰りには晴れてきました。
やはり、林道日夏山線の登り口には自転車や車がいっぱいでした。
しかし、登り口の近くの皆伐された山裾はひどい。
多くの人が歩いて登る本当に身近な里山、この里山の自然を守るために今回の問題は放置できないように思われます。
まじめに取り組めば、この問題から学ぶことが多いように思われます。
日夏里館だより43号
日夏里館だより42号
日夏里館だより41号
日夏里館だより40号 新年度もよろしくお願いします。
日夏里館だより39号 今年もよろしくお願いします。
日夏里館だより36号 日夏里ファンクラブほか
日夏里館だより42号
日夏里館だより41号
日夏里館だより40号 新年度もよろしくお願いします。
日夏里館だより39号 今年もよろしくお願いします。
日夏里館だより36号 日夏里ファンクラブほか